――行動分析学。どんな学問ですか?
心理学の一分野です。心理学なのに、「心の内側」に理由を求めず、行動と環境に着目するのが特徴です。行動そのものや行動が起こる前後の状況は誰でも見ることができるファクト(事実)です。科学として、客観的に測定することができる。行動分析学を応用して、社会の問題を、行動変容で解決していくのが応用行動分析学です。
――科学的、ですね。
行動の原理は実にシンプルで、行動によって「良いことが生じる」か「嫌なことが消える」と、その行動は増えていく。反対に、行動によって「嫌なことが生じる」か「良いことが消える」と、その行動は減っていく。行動分析学では、行動の直後に起こる結果が、その行動を増やしたり、減らしたりする原因になっている、と考えます。
例えば、「奇声を上げる」という行動が目立つ子どもがいるとします。前後をよく見ると、奇声を上げる前は、母親は家事など他のことをしていて(良いことがない)、奇声を上げると、母親が抱きしめてなだめている(良いことが生じる)。つまり、奇声を上げた後の母親の対応が、その行動を強めている原因と推定できます。
叱る必要はない――では、奇声を減らすには、どうしたらよいのでしょう。
奇声を減らして静かに遊ぶ時間を増やしたければ、奇声を上げても背を向けて(良いことがない)、静かに遊んでいるときに楽しく相手をする(良いことが生じる)のを繰り返す、というのが一つの方法です。叱る必要はありません。
日本の学校って、できても褒めないけれど、ダメなときには叱りますよね。不適切な行動を叱って減らそうとするのは、ネガティブな支援です。私たちが取り組んでいるのはその逆で、あたたかい行動ができたらきちんと褒める。目標が達成できたらしっかり認める。すると、ポジティブな行動が増えて、結果的にネガティブな行動が減っていきます。望ましい行動を練習することも、ポジティブな支援の一つです。「廊下を走るな」と叱るよりも、「正しい歩き方」を練習する。
―叱らずに行動を変える。これは、家庭でも実践できますか。
家庭でも、叱ってやめさせようという発想ではなく、この子ができることを増やそうと思って接して欲しいですね。
親自身が原因に―ただ、対応を間違えると、子どもの不適切な行動を増やしてしまうこともある。
「うちの子は全然泣きやまない」という親御さんもいますが、よく見るとその行動を強化しているのは親御さん自身ということはしょっちゅうあります。電車の中で子どもがぎゃーっと泣くと、周囲ににらまれるから、親は泣きやませたくて、お菓子をあげたりゲームを与えたりする。すると子どもは、強く泣けばお菓子やゲームがもらえるので、結果的に、泣く行動が強化されてしまう。こういうキリギリス的な対応を続けていると、思い通りにならないと親をたたく、キレる、殴る⋯⋯という未来が待っています。
―それは困ります。大人はどのように接したらよいですか。
私たちが社会で生きていく時、「完全な自由」なんてありません。社会のルール、学校のルール、家庭のルールを大人がちゃんと示すこと。そのなかで個々の主張がぶつかったとき、お互いに相手を尊重していく姿勢や方法を身につけていくことが、本当の教育ではないでしょうか。
奥田健次 応用行動分析学者
朝日新聞 2024年8月24日朝刊より